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2017.05.05

毎月5日は、連載 '今月の一行' /「うむ。この世で一番短い呪とは、名だ」夢枕獏「陰陽師」

2林のコピー5月

 
 
今月の一行「うむ。この世で一番短い呪とは、名だ」(夢枕獏「陰陽師」より)

安倍晴明を主人公とする夢枕獏さんの書かれた「陰陽師」は、岡野玲子さんの
漫画や野村萬斎さん主演の映画になるなど一時期一世を風靡しましたが、
その中で一番印象に残った今も思い出す言葉です。
 
 
今日はここから「広告で使ってはいけない言葉」について書きたいのですが、
その前に「呪(しゅ)」についての説明が必要だと思うので、まずはその話を。
 
 
ここで言われる「呪」というのは文字通り「呪文」のような意味ですが、
この一行は清明が、人や物の名前も「存在を縛る呪である」という話をする
中で出てくる、「陰陽師」の中でも特に有名なセリフです。
 
 
物の名前というのは、順番からしてそもそもは「説明するため」に生まれます。
バラバラに暮らしていた狩猟民族から農耕へ、そして組織という概念が発達し、
そのずっと先にはメカニカルな互助会としての会社があり、そこで働く人を表すのに
会社員という言葉が生まれる、という具合に何かが生まれると名前も生まれます。
 
 
しかし名前は、含む意味を徐々に増やしていきます。たとえば「会社員」。
会社で働く人、というだけの意味だったはずが、ここ日本であれば
・朝のラッシュアワーを毎日経験する
・スーツで働く(グレーが多い)
・週休二日制
・退職金の存在は大きい
・突然言い渡される転勤
みたいな勤務形態から生まれる意味合いが「会社員」という言葉には
なんとなく前提として含まれてきます。つまりは「会社員らしい」と
世の中の人のおそらく過半数が感じる共通点が、意味を増やしていくのです。
「会社で働く人」という直接的な意味以外に、です。
 
 
この「おそらくみんながそう思う」というやつが怖いところです。
「らしさ」が生まれると、同時に「らしくしろ」という人が出てきます。
論拠としては「らしくないのはよろしくないから、らしくしろ」という
話に過ぎないことが多いのですが、これもまた「呪」なのだと言えます。
 
 
「論拠だか何だか知らないが、世の中はそういうことになっとるんだ、
だからそういうことになってないのはけしからん!」という考え方は
まさに「魔法、あるいは呪いにかかっている」状態にとても近いです。
こういう手合いは、キチンと説明しても「ダメなものはダメなんだ」
としか返してくれないので、誰もそこに触れなくなり、放置されてしまう。
 
 
さてそろそろ本題ですが、マス媒体では「外人」という言葉は使えません。
僕の使っているATOKのプラグイン「共同通信社記者ハンドブック辞書」は
「外人」と打つと「外人《不快用語》」といったようにアラートを出します。
よく言われる理由としては「そこに侮蔑的なニュアンスを含むから」ですが、
そういう説明をしている人以外に、そんなニュアンスを込めて外人という言葉を
使っている人がどれくらいいるのかは謎です。むしろ差別主義者でもないと
頭に浮かんでこない発想だと思うのですが、使うと「侮蔑することになる」ので
「外国人」と直さなければなりません。外国人と言い換えて意味が損なわれる
訳ではないのだし、外人なんて言葉は使わない方が無難、というわけです。
 
 
それならなぜ「外車」はいいのか、「外国車、あるいは輸入車と言わねば侮蔑に
なるのではないか」と言えば、おそらくその手の人たちは「車と人を一緒にするな」と
言うでしょう。しかし、じゃあ「外タレ」は人なのにどうしていいんですか、
外国タレになるんじゃないですか、と聞けば説明できる人はいないと思います。
ヘタすると「そうだな、外国タレと言わねば差別だということにしよう!」と
言い出しかねない恐ろしさがありますが。
 
 
これも「呪」です。本来の目的を離れて、呪いに縛られている。
広告の世界には、ここで書いた「呪」とはちょっと違うかもしれませんが
やってはいけないことが他にも沢山あります。
 
 
・飲料などの広告で缶などを持つ手の指が5本写っていなければNG
・栄養ドリンク等を運動前に飲む描写はNG(みんな運動後に飲んでます)
・お酒は二十歳になってからだが、お酒の広告は二十五歳になってから
 
 
などなど。これらもまたちょこちょこ変わるんですけどね。
 
 
また、もちろん日本語のコピーは「日本語の乱れ」問題と密接に関わります。
「全然という単語の後には否定形が来る」みたいなやつですね。
このへんも「ダメなものはダメ」という人たちから今もクレームが入ります。
これは「私が習ったのと違う」ということでしかないため、かなり「呪」に
近いものだと思います。この手のクレームには説明してもムダで、唯一の
解決方法は「また別の呪にかける」ことだけです。最近では、ほぼほぼ
「全然の後に肯定系が来る用法は戦前にも多く見られる」ということで
解決しているようで、要は古い使用例という「別の呪」があれば許して
もらえます。余談ですが、数行前に使った「ほぼほぼ」も場合によっては
「そんな日本語は無い」というクレームを入れる人がいますが、2016年の
「三省堂 今年の新語」に選ばれ、新明解や三国にも掲載されました。
こういった事実が新たな「呪」となり、騒ぎは収まっていくのです。
 
 
ちなみに今使った「新たな」は、代替語として「新しい」がありますね。
でも「あらた」の形容詞ですから本来は「あらたしい」のはずです。
しかし読みにくいということで「あたらしい」になってしまった。
めちゃくちゃ無責任ですよね。これを文法用語で「音位転換」と言いますが
そんなかっこいい名前をつけたところでやってることは無責任です。
 
 
他にも「連濁」とよばれるメカニズム。「昔」と「話」で「むかしばなし」
になるみたいなやつですね。「はなし」が「ばなし」になっちゃう。
その方が言いやすいべ!というノリでこうなってますが、これもまた適当で、
「三階」みたいに「濁っても濁らなくてもよし」みたいなものまである。
 
 
文法用語の中でも特に国語学者泣かせで知られる暴れん坊がこの「連濁」で、
時には「雨」と「合羽」で「あまがっぱ」みたいに「あめ」は「あま」に
なるわ「かっぱ」は「がっぱ」になるわという音便変化を絡めての大技を
繰り出してくることもあります(しかもカッパに至ってはそもそもポルトガル語で、
何を勝手なことやってんだという)。このへんも始まりは「その方が言いやすい」
ということでしか無いわけで、学者さえもその法則性を言い当てることができない
という中で、言葉の変化に僕ら素人が目くじらを立てる方がアホくさいのです。
 
 
事程左様に、日本語に限らず言語というのは無責任に大衆の総意で
変化していくもの。でも「俺は今日からアヒルのことをハチャモーと呼ぶ!」とか
言い出しても、そんなもの定着しませんよね。そんな中で「定着する」って
すごいことなんです。定着したなら、それはすごい力を持った言葉だ、という
ことなんです。伝わっている言葉なら、そのすべてに一定の敬意を払って
よいと僕は思います。伝わっているなら、それは新たな「呪」なのですから。
 
 
などと最初のテーマに戻った風にして文章を結びます。
全体の構成がうまくつながっていないのはわかっています。
まあいいじゃないですか、伝わっていれば。

 
 
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林 裕  Yutaka Hayashi
神奈川県鎌倉市出身。1995年慶應義塾大学環境情報学部卒、同年株式会社博報堂入社。2011年独立し、株式会社クラブソーダ設立。主な仕事に、田辺製薬「一本いっとく?」、CCJC「大豆ノススメ」、NTT東日本「エヌ山くんとティティ川くん」、SIREN:NT「羽生蛇村を求めて」、AKB48「前田敦子とは何だったのか?」、サッポロビール箱根駅伝「抜いてみろ。抜けるものなら」、海街Diary「家族を捨てた父が、のこしてくれた家族」等
林顔写真
 
 
 
 
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発行責任者:近藤正之

 

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