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2018.01.10

毎月5日は '今月の一行' /「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

2018年1月
 
 
毎月5日は今月の一行。今回は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

 

おなじみ川端康成の「雪国」冒頭の一文です。この一文をもって
川端康成の非凡さを語る人が大勢いるほどの名文ですが、
不思議なことに間違って暗記している人が多い一文でもあります。

 

「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった。」

 

というやつです。なんとなく読みやすく、そう覚えている人の方が
多いかもしれない。みんなが同じに間違えている。こういう現象を見ると
興味が沸いて仕方がありません。これはどういうメカニズムなのかと。

 
 
 

もうちょっと手前の段階から考えてみましょう。実は元々、
川端康成もこう書いていたわけではないそうで、最初の発表時は、

 

「国境のトンネルを抜けると、窓の外の夜の底が白くなった。」

 

という文章でした。それが最終的には

 

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」
 

になったわけです。ということはつまり、この改稿には作者自身の
重要視しているポイントが詰まっているはずですよね。

 

1)「トンネル」の前に「長い」が書き足された
2)「窓の外の」が省かれた
3)「雪国であった」が書き足された
4)「、」が省かれた

 
 

足跡

 
 

1)に関しては東京と、舞台である湯沢との距離を強調すること、
異世界へと向かうトンネルであるかのようにA地点とB地点を
分断して扱う意図があるように思われます。

 

2)に関しては「窓の外の夜の」と打つとMicrosoft Wordパイセンにも
≪「の」の連続≫とたしなめられるのですが、そのへんを気にしたのか
どうか。僕は元の文を見て「あの川端康成でも「の」の連続を使うのか」
という妙な親近感を覚えましたが、そういう語感を気にしたのかも
しれないし、「窓の外」という自明なことを省いただけかもしれません。

 

3)に関しては、この改稿がどういう手順によってなされたのか
不明なので何とも言えませんが、1)、2)の順に作業をすると

 

「国境の長いトンネルを抜けると、夜の底が白くなった。」

 

という文章になり、いささか不親切に過ぎる印象があります。
唐突すぎると言いますか、「夜の底が白くなる」という言い回しは
暗くなった地面に雪が降り積もっているという内容を文学的に書いた
いかにも「表現」なところなので、あんまり乱暴な手順で登場させると、
なんだか身勝手な文章になって美しくないし、何よりわかりにくい。
そこで最初の一文をいったん終わらせて、短くシンプルに二の矢を継ぐ
リズムにした方が効果的だと考えたように見えました。

 

ただ、そのように作業すると結果として

 

「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった。夜の底が白くなった。」

 

という文章になり、「雪国であった」というフレーズの後の「。」の
落ち着き感・終止感が強すぎるというか、その次の「夜の底が」まで
一気呵成に読ませたいという目論見の邪魔をしてしまうところがある。
この二文は、二文であるけれど元々は一文なのであって、完全なバラには
あまりしたくない。そのためにも「、」を抜くことで緊張感のある、
一息つきにくい文章にし、一息つくタイミングが「白くなった」の
後ろに来るようにしたい。そうすればこの二文は事実上一文になる。

 

ということなのではないかと。また、こうすることによって
長い長いトンネルを揺られる、それこそ長い長い時間を経ながらも、
徐々にではなくトンネルを抜けた瞬間に完全な別世界になる、
そこに断層のようなものがあって、ナイフで切ったように異世界が
現れるという印象を与える効果も見えてくる。

 

といったような作業をしたのではないかと。もちろんそのプロセスは
完全に推測ですが、結果として、弓をギリギリギリと時間をかけて
引きながらそれを止めずにビーン!と矢を放ったようなリズムの、
言うなれば体脂肪率の低い一文に仕上がっていることは事実です。

 

そうなるともう「、そこは」なんて言葉の入る余地はないわけで、
こういう時に「、そこは」みたいなムダな言葉を挟まないのが
川端康成のすごいところなのに!と嘆く評論家もいるわけですが、
それでも人は「、そこは」を入れて覚えてしまうわけですよね。

 
 
 

水とつらら

 
 

あー、やっと話がここまで来た。さて、この冒頭の名文ですが、
これが「簡単に頭に浮かぶ日本語ではない」ことは間違いありません。
あの川端康成でさえ、ファーストチョイスでこの表現に辿り着いた
わけではない。おそらくですが、手を加えていく中で偶然に
産み落としてしまったようなものなのではないかと思います。
そしてその産み落としてしまった理由は、「夜の底が白くなった」
という言い回しを大事にしたかった、つまり、彼にとっての
キラーフレーズはむしろこっちだったではないだろうかと。
結果、最初の一文は「続きを読みたくなるような軽い欠乏感」を
持たせながら、極寒の地の空気をも同時に感じさせられるような、
精進料理の如く研ぎ澄まされたものになったのではないかと。

 

でもおそらく世の中の人はノーベル賞までとった大作家の代表作、
冒頭の書き出しが特に有名であるともなれば、さぞかし大げさな、
持って回ったような言い方であるに違いない、という想像と期待が
あったのかもしれません。「全米が泣いた!」ではありませんが、

 

国境の長いトンネルを抜けると、そこは・・・雪国だった!(爆発音)

 

みたいなハリウッド的というか大仰なニュアンスを、心のどこかで
期待しているのかもしれません。侘び寂びやミニマリズムよりも
わかりやすくドラマチックな西洋文化がデフォルトになってきたことが
原因なのかもしれない。そうやって考えていくと、ややもすると
日本人が肉食に移行していったことが「、そこが」を求める遠因に
なっている、そんな可能性も否定できないのではないでしょうか。

 
 

って、そんなわけないか。というわけで削ぎ落とされた「雪国」の
冒頭から一変して、全文読むだけムダな文章を書く結果となりました。
今年もよろしくお願いいたします。

 
 
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林 裕  Yutaka Hayashi
神奈川県鎌倉市出身。1995年慶應義塾大学環境情報学部卒、同年株式会社博報堂入社。2011年独立し、株式会社クラブソーダ設立。主な仕事に、田辺製薬「一本いっとく?」、CCJC「大豆ノススメ」、NTT東日本「エヌ山くんとティティ川くん」、SIREN:NT「羽生蛇村を求めて」、AKB48「前田敦子とは何だったのか?」、サッポロビール箱根駅伝「抜いてみろ。抜けるものなら」、海街Diary「家族を捨てた父が、のこしてくれた家族」等
林顔写真
 
 
 
 

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