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2026.03.03

解説 / 吉澤博幸から始まったスーパーモタードMOTO1はスーパーモトへ。今年で21年目

吉澤記事MOTO1について2006 2

 
 

■註と解説「吉澤氏の生み出したスーパーモタードMOTO1はスーパーモトをへて今年で21年目に。MOTO1が達成したかったことは何だったのでしょうか」-03.Mar.2026- 

昨日の記事の※印部分の註釈を含めた解説をさせていただきます。
この内容はもしかすると、世の中の常識から大きく外れており「?」という部分が多くあるように感じます。当時もあまり理解されませんでした。特に一部の選手や関係者からも理解されず、多くの苦情をもらっていたほどでした。

 

■『自分たちが提案しようとするのは、全てお客様目線に立ってのもの。それはファンサービスという面ですね(※1)』。

 

観戦を含めたファンがいてこそレースは成立するように思います。レースポーツは他のスポーツとは違い多くの費用がかかるからです。続けるには多くのお金が必要で、その金銭的な援助という意味でもスポンサーが必要になってきます。しかしスポンサーもその見返りがなければせいぜいパーツ提供程度になってしまいます。
が、大きな売り上げにつながるようであれば話は別です。つまり大きなマーケットがなければ(多くのお客様がいなければ)金銭的なスポンサーは行われません。選手のスキルや成績とは関係はあまりありません。まずは大きなマーケット(多数のファン)が必要で、その上でのスキルとなります。

 

観客

 

マーケット、これを言い換えるとそれはファンです。その選手のファンが10万人いて、その動向が商品の売り上げを左右することができれば、金銭的なスポンサーが現れます。
その「ファン」とはレースをやる人だけではなく「観る・応援する方々」です。日本の二輪レースは二輪メーカーが主導してきたこともあって、やる人のみを大切にしてきました。それはバイクを買ってくれるからです。

 

が、それだけではファンとしては数として少なすぎます。10万人単位でのファンが必要になります。ある程度のマーケットがあれば(ファンがいれば)スポンサーが登場します。
吉澤はプロ選手を生み出し、関係するバイクショップやファクトリー、引いては二輪メーカーが儲かることを重要視していました。レースはモタードという新しい遊びをプロモーションし、イメージを作り上げるものとも考えていました。

 

最初の1年は250ccの市販車をカスタムしたプロストッククラスと言うクラスがありました。レーサーマシンだけでは一般の方には共感が得にくいと考えたからです。XR250などの一般市販車が戦うシーンはカスタムパーツが売れる、と考えたからでした。

 

MOTO1GAMESスナップ.281

 

そのためには既存のレースオタクやレースをやっている人だけでなく、今までレースに接したことがない方々にも観戦に来てほしいと考えていました。つまりターゲットは女性もふくめ、おじいさんおばあさんであり、子どもたちです。ライバルはディ⚪︎ニーランドであり、TVゲームと考えていました。

 

ファンサービスの実例としては、「最も観戦に適したエリアをお客様の観戦エリアにし、選手のパドックをコースの遠くに位置させる」「選手に愛称をつける」などです。パドックについては選手やチーム関係者からの苦情も多かったです。が、他のスポーツではこれは当然ですよね。大相撲、サッカー、MLB(近くに位置するけど、観戦の邪魔にならないように低い位置になっている)、SXなどなど。

 

グラフィック kuro
当時はMOTO1オリジナルグッズも用意されていました。買うも一つのイベントですし、当然プロモーションツールにもなります。 

■『真剣なコンペティションの世界だけでは、認知度は高くならない(※2)』

 

純粋なコンペティションは共感を得ることが難しいです。陸上選手権や剣道選手権にはなかなか多くのお客様は集まりません(陸上は女子選手オタクが集まるらしいですが)。そこにいる観戦者は関係者のみになってしまいます。アマチュアであれば問題はないですし、アマチュアが格下というわけではないですが、トップ選手がレースを続けるためにはプロ選手となった方が続けやすいです。

 

プロ野球にJリーグ、海外ではスーパークロスにMLB、どれもただのコンペティションではありません。共感を生み出す工夫が」行われています。Jリーグならその地域の代表として戦うことで、その地域の方々の共感を得るという工夫がなされています。スポーツ以外にも多くのお客様が集まるイベントがあります。音楽ライブです。見た目のかっこよさやカリスマ性、また親しみなども使って認知度を上げ共感を生み出し、ファンを獲得していきます。

 

自分はJリーグ創設の仕事に携わっていました。広告代理店に勤めていた90年代初頭です。この作業はまさにこの吉澤の考える内容とほぼ同じでした。 

■『スーパーモタード・オールスターズシリーズ(※3)』 
全日本選手権をあえてオールスターズと呼んでいました。ここに考えの全てが現れています。
まず全日本選手権という言葉が堅苦しい。また、文字にすると漢字が多く全く楽しそうではない。「選手はスターだ」という考えがあったので、オールスターズとネーミングしています。
考えの全てが「新商品を作り出し、マーケットを生み出す」につながっていて、これにおいてはプロ級の考えでした(自分の周囲にはヒット商品を生み出す天才クリエイターが数名いましたが、それ以上のクリエイティブ力でした)。日本での多くの成功は海外での成功を輸入し真似していることが多いんですが、吉澤はオリジナルな考えを持っていました。そして主催者やカスタムショップの代表だけではなく、新商品を考え出し、そこにマーケットを生み出すアイディアとスキルを持っていました。一流のマーケッターでもあったように思います。

 

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■『これからは地方のお客さんを呼んでいこう(※4)』

 

全国にファンを作り出すことで、モタードファンの総数を増やしていこうと考えていました。モタードは当時名前も知られておらず、認知度も低くファンを作り出すのはなかなか困難でした。1万人に伝えても興味を持っていただけるのは0.1%程度ですからなかなか大変な作業です。都会だけのファンでは総数として小さすぎます(ヒット商品とは全国で人気を得ることと言われています。都会でのみ人気があってもヒットにはなりません)が、各大会で増やしていくことで総数として多くの数になります。
当時多くの方々に情報を発信し接触していて、興味を持っていただける確率が高いのは地方でした。大きな都市よりも地方の方々の方が好きになってくれやすかったという現実もあったのも理由です。

 

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■プロ選手の登場によって、10万人、100万人がモタードに関係する社会を

 

一言で言うなら「プロ選手の登場によって、10万人、100万人がモタード文化に関係する社会を生み出す」が目的でした。

 

それはスカチューン(原宿バイク、TWer)を大流行させたことで発見したことのようでした。流行るためには、共感が必要で、同時にお金が大きく動くことも大切と考えているようでした。
しかしそれは二輪スポーツ界においては非常識で理解されにくいものでした。「速いが全て」「勝つことが偉い」と言う考えとは全くベクトルが違っていました。「ファンを生み出すこと」はなかなか理解されなかったのです。

 

実はこの考えを選手や関係者に理解してもらうために、このMFJの冊子「ライディング」に寄稿しました。

 

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